終わりに

義母が施設で暮らし始めてもうすぐ一年が経ちます。

 

9月に誕生日が来ると97歳になる予定です。

今のところ顔色も良く、体重も安定しているので無事に誕生日を迎えられるのではと私は思っています。

 

私の母の時とは違い手続きは全て義兄夫婦が担ってくれたので、有り難かったです。

 

義母が住んでいた家は昨年リフォームして現在は義兄夫婦が住んでいます。

義兄夫婦が住んでいたマンションには義兄の長男家族が引っ越して来ました。

 

義兄は月に一度日帰りで義母を家に連れて帰ってくれます。

義母は孫や曽孫やペットと半日ふれあいおやつを食べた後また施設に戻ります。

私には出来なかった事です。

 

これで義母の話しは終わります。

私の母の時と違い簡単でしたが、施設に入居するまでの経緯を書かせていただきました。

 

読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

施設での生活

義兄が見つけてくれた施設は義兄の家から車で10分ほどの所にあった。

 

三階建で定員50名、各階にナースステーション、風呂、食堂があり、食堂では作り立ての食事を提供してくれる。

個室にはトイレと洗面台がついている。

 

初期費用は無いが、ひと月の利用料金は結構高額だった。

 

とはいえ義母の年金内で収まるそうだ。

 

息子や孫たち(義母にとっては曽孫)と一緒に面会に行くと義母は穏やかな顔で迎えてくれた。

認知症が進んだとはいえ家族の顔は覚えていてくれるので、行くたびにホッとする。

 

続きます。

 

 

 

施設を探す

義母が転院した病院は入院患者の大半が高齢者だった。

 

転院してしばらくした頃義兄から施設を探していると連絡があった。

 

入院生活の間に移動が車椅子になり、認知機能も落ちて来たので、残念ながら自宅に戻してあげる事は出来そうになかった。

 

長男も三男(私の夫)も同意見だった。

 

義兄は訪問看護師が一日三回インシュリンの注射をしてくれる施設を探すのはなかなか大変だったと話していた。

 

3ヶ月後義母の入居する施設がようやく決まった。

 

続きます。

 

転院

昏睡状態から目を覚ました義母はICUから一般病棟に移された。

 

その病院は大きな総合病院だったため、私の母の時と同じく危機を脱した後は転院をうながされた。

 

ほどなく義兄が探して手配してくれた実家の近くの病院に転院することになった。

やはり母の時と同じリハビリ付きの病院だった。

 

病院では毎日インシュリンの注射の管理をしてもらえて、糖尿病患者に適した食事を提供してもらえたので、有り難かった。

 

面会に行くと義母は顔色も良く、元気そうだった。

 

続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

低血糖

義母は少しずつ自分の事が出来なくなったが、義兄夫婦の手を借りて一人暮らしを続けていた。

 

一人でトイレに行く事が出来たし、お風呂にも入る事が出来ていた。

 

93歳の冬、義兄の長女の結婚式にも出席した。

お祝いだからとシャンパンを飲み、フランス料理のフルコースを食べた。

 

その翌年、5月の早朝の事。

義姉が犬の散歩の折に実家に寄ると義母がベッドの下で倒れていた。

 

慌てて救急車を呼び病院に搬送した。

 

どうやら低血糖になって眠ってしまったらしい。

そのまままる二日昏睡状態が続いた。

 

三日目に目を覚ました。

 

94歳の義母にはまだ寿命があったのだ。

 

 

続きます。

生活の変化

義母は糖尿病を患っている他は足腰もしっかりしていたし記憶力も良かったので、ボケないのではないかと家族みんなから思われていた。

 

ところがこの頃から短期記憶も怪しくなり、同じ事を繰り返して話すようになった。

 

ついには自分でインシュリンの注射を打つのが困難になって来たのだった。

 

義兄が注射の記録をチェックしてくれていたのだが、手帳には注射済みの印を付けていながら実際には打っていないという事が度々発覚するようになった。

 

次第に料理もしなくなり、冷蔵庫の食材が傷むようになって来た。

 

義姉がおかずを届けたり、スーパーや専門店で惣菜を買って届けるようになった。

 

三男である私の夫も週に一度だけではあるが、おかず係になり、義母に届けるようになった。

 

この頃私は自分の母の事で奮闘中だったため、義母までは手が回らなかった。

 

続きます。

 

 

 

 

 

 

夜中の飲食

糖尿病になると当然食べるものが制限される。

食べてはいけないと言われると無性に食べたくなるものである。

 

義母は頭の良い人なので退院後はちゃんと理解して摂生していた。

 

ところが歳を重ねるうちにその摂生が出来なくなったのだった。

 

本人に聞いてもちゃんと摂生していると言うので、義兄が台所に監視カメラを取り付けた。

 

そこには夜中に起きて冷蔵庫を開けて飲み食いしている様子がしっかり残されていたのだった。

 

続きます。